母方の生まれ故郷「日振島」とデラ台風慰霊碑を訪ねる Part 4

カテゴリ:日振島とデラ台風 | comments(0) | 2011.10.13 Thursday 12:36 |
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旅の最大の目的を果たせた安堵感の中、再度漁船に乗って日振島は能登に帰りました。
漁船に乗るのは人生初だったんです・・・海が穏やかだったこともあって、船酔いすることなく往復できたのはラッキーとでも言っておきましょうヽ(;´Д`)ノ ラッキーは失礼か。。

祖父母と母の故郷、日振島縦断&沖の島への旅は終わりへと向かいます。
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日振島能登、そこから2分ほど歩いた場所に広く開けた場所があり、島の裏側が見渡せるようになっています。能登から喜路まで車で送っていただけることになったので、お仕事が一段落するまでの間、こちらを紹介されトボトボと歩いて行きました。






パノラマ撮影は失敗してますw
動画の音声は消していますが、荒い波の音が絶え間なく続いていて、島の反対ってだけでこれだけも違うのかと思いました。地図によると遠くに見えるのは九州大分県の四浦半島という所みたいです。夕方近くになり、雲が多くてあまり遠くまで見えなかったのが残念ですが、波の音を聞きながらのんびりしました。

っというわけで能登を後にし、車で喜路まで送っていただきます。

車中で色々とお話をさせていただきましたが、その中でも印象的だったのが「猫」のお話。
明海に到着した時に5匹ほどの猫がのんびりと日向ぼっこしてたんです。母が生まれた昭和24年頃から「ねずみ騒動」というものが始まり、ネズミたちが島の農作物を食い荒らしていきました。島にネズミが増えたのは、食べ物を求めて海を渡ってきたからだそうです。母が言うには、ネズミのシッポを切って持っていけば、お金に替えてくれたとか。

そんなネズミ退治のために投入されたのが「猫」さんです。




こちらは喜路の猫さん。
島の人には慣れている?のか分かりませんが、私が近づいた猫さんたちは警戒して逃げて行ってしまいました。そんな猫さん、現在では繁殖に繁殖を重ね、ネズミよりも多くなってしまいましたとさ(´∀`*)

その他、島を離れる若い人が多い現在、日振島には比較的若い人が住んでいて子供も多いそうです。明海に保育所があったり小学校があったりと、意外と暮らしやすいのかもしれません。




喜路に到着しました。
徒歩で約3時間(休憩と写真撮影含む)かかった道を、たった20分ほどで戻ってきました。



そして最終日9月28日。
記録のため、喜路の端から端までを歩いてみました。本当の端は「早磯の鼻」と呼ばれる場所なんですが、どうも行き方が分からず、地図に載ってる県道290号線の端から歩きました。この「早磯の鼻」は、母が住んでいた時には"死体が流れ着く場所"だったそうです。

動画は猫のアップから始まります。
約3分の所に映る神社の前の広い土地、そこには昔「日振島小学校喜路分校」が建てられていました。当時は道が険しく、明海にある小学校まで歩くのは大変だったので、低学年までは分校に通っていました。現在は道も整備されてマイクロバスで小学校まで通っているそうです。

なんだか中途半端ですが、いよいよ日振島を後にします。

Part 5へつづく。

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