母方の生まれ故郷「日振島」とデラ台風慰霊碑を訪ねる Part 5

カテゴリ:日振島とデラ台風 | comments(0) | 2011.10.15 Saturday 12:33 |
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いよいよ日振島ともお別れです。
最終日の9月28日は、日振島喜路を隅々まで歩いて見て回り、祖父方と祖母方それぞれのお墓参りをしました。
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上の写真がお墓のある海円寺(だと思います・・)。
写真右奥に急な斜面に沿ってたくさんのお墓が建てられていました。その途中に「デラ台風九柱之墓」というものを発見しました。こちらは喜路で亡くなられた方のために作られたお墓でしょうか。詳しいことは分かりません。いよいよお墓へ。祖父方のお墓は(いとこおじさん)が島に到着した日に教えてくれたのですが、祖母方のお墓が分からず・・・近くの方に聞いてみることにしました。

色々お話をしたところ、何とその方、母と小さい頃に遊んだことがあるらしい!すでに50年以上前ですし、うっすらとした記憶のような感じでしたが、母の名前を覚えていました。母にとっては短い島での生活でしたが、そこに住む人たちの記憶の中にはずっと居続けていたんですね。

そんなわけで、なんとかお墓も見つかり、簡単ですがお墓参りをすることが出来ました。

ここで祖母談。
デラ台風で多くの方が亡くなられ埋葬された後、海円寺の住職さんが、お墓が騒がしいと言ってたそうです。もちろん誰もいないお墓から聞こえています。不思議な話もあるんですね・・・

祖母は6人兄弟の次女で、長女・次男・四男は若くして病気で亡くなっています。
長男は島で商店を営んでいましたが、10年ほど前に亡くなりました。三男は祖父と同じ船に乗り、デラ台風で亡くなっています。四男は仕事熱心で、当時島では珍しかったラジオを売って回ってたそうです。たぶん喜路で最初にラジオを普及させたのは、この方なのでは・・・と、勝手に思ってます。

少し暗くなってしまいましたね・・・話を戻します。




写真左の石垣がある場所、ここが祖母のお兄さん(長男)が営んでいた商店跡です。
この向かいに農協があり、食品から生活雑貨まで様々な物を購入することができます。




いよいよ島ともお別れです。
9月28日午後4時8分、この日最後の高速船「あさかぜ」に乗って日振島は喜路を後にします。いとこおじさん、民宿のご夫婦、沖の島に連れて行ってくれたお兄さん、喜路・明海・能登で出会ったみなさん、本当にありがとうございました。またいつか必ず行きます!

さよなら、さよなら、さよなら(´・ω・`)/~~


っと言いつつ番外編へつづく。

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